ソレノイドの L は定数ではありません。プランジャが吸引されるあいだに数倍まで増えます。この変化は電流波形に「へこみ」として必ず現れ、それを読めばセンサを追加せずに動作完了を検出できます。逆に、L を固定値だと思って設計すると波形が合いません。
関連記事 ── この資料は 理想インダクタと実物のソレノイド の続きです。記号(v, i, L, R)と数値例(Vs = 24 V、R = 20 Ω)はそちらに準じます。
ソレノイドに通電すると、電流は最初は勢いよく立ち上がり、途中でいったん減って、また増えます。抵抗もインダクタンスも一定なら、電流はなめらかな指数曲線を描いて増え続けるはずです。途中で減るということは、回路の何かが通電中に変化しているという意味になります。
変化しているのは L です。前の記事では L を定数として扱いましたが、実物のソレノイドではプランジャが動くあいだ L が刻々と増えていきます。増え方は控えめではなく、開いた状態と吸引後で 3 倍から 8 倍というのが普通です。
この記事では、なぜそうなるのか、波形にどう出るのか、それをどう使うのかを順に見ていきます。
インダクタンスは、コイルの巻数と磁束の通りやすさで決まります。式で書くと次のとおりです。
Rm(磁気抵抗、リラクタンス)は電気回路の抵抗にあたる量で、磁束の通りにくさを表します。磁束が通りやすいほど Rm は小さく、L は大きくなります。
ここで効いてくるのが空気の性質です。鉄と空気では磁束の通しやすさが千倍以上違います。そのため磁路の大部分が鉄でできていても、わずかな空隙(ギャップ)があるだけで、磁気抵抗はほぼそのギャップだけで決まってしまいます。直列につないだ 1 Ω と 1 kΩ の抵抗のようなもので、小さいほうは無視できます。
データシートに載っている L は、断りがなければ吸引後(プランジャが入りきった状態)の値であることが多いようです。通電した瞬間の挙動を計算したいときにこの値を使うと、立ち上がりを何倍も遅く見積もります。通電開始時に効くのは開いた状態の L です。どちらの値なのか不明なら、実測するしかありません。
ギャップ g のときの磁気抵抗は g / (μ₀·A) で、鉄の部分の磁気抵抗 Rfe と直列になります。A は磁束が通る断面積です。
N = 750 回、A = 100 mm²、Rfe = 4×10⁶ として計算すると次のようになります。τ = L/R は電流の立ち上がりの速さを表す時定数で、R = 20 Ω としています。
| ギャップ g | 磁気抵抗 Rm | インダクタンス L | 時定数 τ = L/R | 状態 |
|---|---|---|---|---|
| 5.0 mm | 4.4×10⁷ | 13 mH | 0.65 ms | 通電前(開) |
| 3.0 mm | 2.8×10⁷ | 20 mH | 1.0 ms | 動作中 |
| 2.0 mm | 2.0×10⁷ | 28 mH | 1.4 ms | 動作中 |
| 1.0 mm | 1.2×10⁷ | 47 mH | 2.4 ms | 動作中 |
| 0.5 mm | 8.0×10⁶ | 70 mH | 3.5 ms | 動作中 |
| 0.2 mm | 5.6×10⁶ | 100 mH | 5.0 ms | 吸引完了(閉) |
前の記事では次の式を使いました。
これは L が定数であることを前提にしています。L が時間とともに変わる場合、正しくは磁束 L·i の変化率を考える必要があります。
新しく出てきた i·dL/dt の項が、プランジャの動きによって生じる電圧です。速度起電力と呼びます。プランジャが吸引される向きでは L が増えるので dL/dt > 0、つまりこの項は電源電圧を食う向きに働きます。
どのくらいの大きさになるか、先ほどの数値で見てみます。L が 13 mH から 100 mH まで 6 ms かけて変化したとすると、
電源電圧の半分以上がこの項に持っていかれます。残りで i·R を賄うと L の取り分はマイナスになり、電流は減少に転じます。これが波形のへこみの正体です。
電気側が余分に供給する電力 i²·dL/dt は、半分がプランジャを動かす機械仕事になり、残り半分が磁界のエネルギーとして蓄えられます。電流が減ったぶんは熱になって消えたのではなく、その多くが実際に仕事をしています。ソレノイドが仕事をしている最中だけ電流が減る、と考えると直感に合います。
以上を踏まえて、実際の電流波形を見ます。24 V を印加してから吸引が完了するまでの一連の流れです。
i·dL/dt に電圧を食われて電流が減る。③ 吸引が完了して動きが止まると dL/dt = 0 になり、減少も止まる。この極小点が吸引完了の瞬間。④ 以降は L = 100 mH の回路として、τ = 5 ms で飽和電流へ向かう。4 つの区間はそれぞれ別の物理が支配しています。整理すると次のとおりです。
| 区間 | プランジャ | 支配する項 | 電流 |
|---|---|---|---|
| ① | 静止(開) | L·di/dt(L 小) | 急峻に増える |
| ② | 移動中 | i·dL/dt | 減る |
| ③ | 停止した瞬間 | — | 極小 |
| ④ | 静止(閉) | L·di/dt(L 大) | ゆるやかに増える |
波形にへこみが出ないときは、次のどれかです。プランジャが動いていない(吸引失敗、異物の噛み込み、電圧不足)、動作が速すぎる(サンプリング周期が動作時間より粗い)、電流制限がかかっている(定電流駆動ではへこみが電圧側に現れる)。いずれも原因の切り分けに使える情報です。
図 3 の極小点は、プランジャが動き終わった瞬間を電気的に示しています。リミットスイッチも近接センサも使わずに、駆動している回路そのものから動作完了が分かるということです。これは配線も部品も増えない検出方法なので、実装できる場面では有利です。
実装は、電流を一定周期でサンプリングして傾きの符号を見るだけです。
ノイズで符号が暴れるので、実際には数点の移動平均をかけるか、「減少が n 回連続したら移動中と判定」といったヒステリシスを入れます。サンプリング周期は動作時間の 1/20 程度は欲しいところで、動作が 6 ms なら 0.3 ms 周期、つまり 3 kHz 以上です。
この方法で分かることは、動作完了だけではありません。
装置に組み込めば、ソレノイドを動かすたびに自己診断していることになります。故障してから気づくのではなく、動作時間が延び始めた段階で予兆をつかめます。
使えます。ただし電流にはスイッチングによる三角波リプルが重なっているので、生波形の傾きを見ても判定できません。各周期の平均値(またはピーク値)だけを取り出して、その系列に対して傾きを見ます。ON 期間の中央でサンプリングするのが簡単で確実です。
L が位置で変わるという事実は、検出に使える一方で、設計の前提を崩す方向にも働きます。
ソレノイドの L は定数ではなく、プランジャの位置で数倍変わる。原因は磁路のギャップで、閉じる直前に急激に増える。この変化は i·dL/dt という項として回路方程式に現れ、電流波形のへこみになる。へこみの極小点が吸引完了の瞬間であり、これを読めばセンサなしで動作を検出できる。設計上は、L を一つの値で代表させないこと。通電開始時と吸引後では別の回路だと考えるのが安全です。